大阪地方裁判所 平成7年(モ)7125号 決定 1996年11月14日
申立人
中村勤
同
上田正行
同
山田勝男
同
宇田耕治
右四名代理人弁護士
島武男
同
畑良武
同
佐野正幸
同
堀井昌弘
同
上田憲
同
奥岡眞人
相手方
株式会社岡田組
右代表者代表取締役
岡田栄二郎
右代理人弁護士
中田祐児
主文
相手方は、申立人らに対し、大阪地方裁判所平成七年(ワ)第九〇八四号株主代表訴訟事件の訴え提起の担保として、この決定の確定した日から一四日以内に、申立人宇田耕治につき五〇〇万円、その余の申立人らにつき各一〇〇〇万円の各金員をそれぞれ供託せよ。
理由
一 申立ての趣旨
相手方は、申立人らに対し、大阪地方裁判所平成七年(ワ)第九〇八四号株主代表訴訟事件について、相当の担保を提供せよ。
二 申立ての理由
1 株主代表訴訟の提起
相手方は、①四国総合開発株式会社(以下「本件会社」という。)の株式会社中村企画(以下「中村企画」という。)に対する貸付金(以下「本件貸付金」という。)について、申立人中村勤が右両社の代表取締役であるにもかかわらず、取締役会の承認がなく、また、高額の貸付けであるにもかかわらず担保を徴しておらず、回収不能である、②本件会社の中村企画に対する土地売却について、代金額が廉価であるなどと主張し、申立人らを被告として、取締役としての責任(忠実義務違反)を追及する株主代表訴訟を提起した(以下「本案訴訟」という。)。
2 相手方の悪意に基づく訴えの提起
(一) 本件ゴルフ場の実質的経営者等
(1) ゴルフ場「徳島フォレストゴルフ倶楽部」(以下「本件ゴルフ場」という。)の運営の主体は本件会社であるが、いわゆるオーナー会社である実質的な経営主体は、中村企画である。
(2) 相手方は、本件ゴルフ場の用地において、自らゴルフ場の開発構想を有していたが、相手方では許可が得られず、かつ、資金的手当もできなかったことから、中村企画に全面的な協力を要請し、その代償として本件ゴルフ場の開発工事及び建設工事を特命で受注したものであって、本件ゴルフ場の用地の買収資金その他本件ゴルフ場の開発資金はすべて中村企画の信用で調達したことを熟知している。
(二) 紹介者としての相手方に対する対価の支払等
(1) 中村企画及び本件会社は、相手方に対し、本件ゴルフ場のコース建設工事、クラブハウス建築工事及び管理棟建築工事を代金二九億三六四七万円で注文した。
(2) 本件会社は、相手方の要請に基づき、相手方の系列会社である株式会社阿波観光ホテル(以下「阿波観光ホテル」という。)に対し、本件ゴルフ場のクラブハウスのレストラン(以下「本件レストラン」という。)の経営を委託した。
(3) 本件会社は、相手方の代表取締役会長である岡田昌治(以下「岡田」という。)を本件ゴルフ場のキャプテンに推挙した。
(4) 本件会社は、相手方を本件会社の名義上の株主として処遇することとした。
(三) 相手方の債務不履行、損害賠償請求等
(1) 岡田は、本件ゴルフ場のオープン後、「本件ゴルフ場は自分が経営している。」、「自分が本件会社にやらせている。」、「中村企画が行っている広島の事業(ゴルフ場)はだめだから、いずれ本件ゴルフ場は身売りをする。」、「このコースはぼろコースである。」、「子供でもできる設計である。」などと自らの立場をわきまえない暴言、中傷を繰り返し、キャプテンという地位を利用して従業員を私的に使用し、また、女子従業員との間で破廉恥な行為に及ぶなど本件ゴルフ場の名誉を著しく低下させ、平成五年九月、キャプテンを解任された。
(2) 阿波観光ホテルは、本件レストランの経営においては、自己の利益を追求するばかりで、本件ゴルフ場の要請に応じず、料理の内容、料金等の点について会員等の不満が続発し、平成六年一一月二二日、本件レストランの経営委託契約を解除されるに至った。
(3) 本件会社は、本件ゴルフ場の建設工事について、重大な瑕疵を発見したことから、相手方に対し、その修復を求めたが、一部に応じたのみであった。そこで、本件会社は、相手方に対し、平成七年八月二日、補修工事代金八九九五万円の支払を求める調停を中央建設紛争審査会に申し立てた。
(四) まとめ
相手方は、自らの不行跡、契約不履行等の事実を反省し、これを改善することなく、キャプテンの解任、本件レストランの経営委託契約の解除及び本件ゴルフ場の建設工事に関する責任追及に対して私憤を抱き、特に、損害賠償義務を免れようと種々画策し、その一環として本案訴訟の提起に及んだものである。
3 申立人らの損害
申立人らは、相手方が不当な本案訴訟を提起したことによって、応訴を余儀なくされる結果、本件会社の経営に影響を被るとともに、訴訟費用の負担という経済的損失を受けることとなる。
4 まとめ
よって、申立人らは、相手方に対し、申立人らが受けるべき損害について相当の担保を提供することを求める。
三 相手方の主張
中村企画は、本件貸付金の利息すら支払っていないし、中村企画が倒産状態にあることや本件貸付金が何に使われたのか不明であること等の事情を考慮すると、申立人らの忠実義務違反(強くいえば背任の事実)は明らかであって、本案訴訟が悪意に出たものとは到底いい難い。
仮に、株主が代表訴訟を提起する際、個人的な意図、目的、感情が伴っているとしても、それのみでは右提起が商法二六七条六項において準用する同法一〇六条二項にいう「悪意に出たるもの」に該当するとは解されないところ、申立人らが主張する事情は、せいぜい個人的な意図、目的、感情にすぎず、同項にいう「悪意」とはいい難い。
四 当裁判所の判断
1 悪意の意義
株主が代表訴訟を不当な個人的利益の追求又は取締役に対する嫌がらせの手段とするなど、株主代表訴訟の提起が株主としての正当な権利ないし利益の確保を目的とするものでない場合には、右訴訟の提起は、商法二六七条六項において準用する同法一〇六条二項にいう「悪意に出たるもの」に該当すると解される。
2 一件記録により一応認められる事実
(一) 本件会社は、ゴルフ場の経営等を目的として昭和五九年に設立された株式会社である。
(二) 相手方は、本件会社から、昭和六一年、本件ゴルフ場の建設工事(以下「本件工事」という。)を代金約三〇億円で請け負い、昭和六三年に完成し、本件会社は、相手方に対し、右代金を支払った。
(三) 本件会社は、相手方の代表取締役である岡田が代表取締役を務める阿波観光ホテルに対し、昭和六三年、本件ゴルフ場のクラブハウスのレストラン(本件レストラン)の経営を委託した。
(四) 岡田は、本件ゴルフ場の初代キャプテンを務めていたが、平成五年九月、再任されるに至らなかった。
(五) 本件レストランについては、利用者から苦情が出るなど評判が悪く、本件会社は、阿波観光ホテルに対し、平成五年一二月、経営委託契約の更新を拒絶する旨通告した。
(六) 本件会社は、本件ゴルフ場の改造を計画し、平成五年に現地調査が実施されたところ、本件工事には瑕疵が存在するとの指摘がされた。本件会社は、相手方に対し、瑕疵の修補を求めたが、相手方は自己の責任を認めようとはしなかった。
(七) 本件会社は、前記本件工事の瑕疵、本件レストランの経営委託契約の更新、岡田のキャプテン不再任等の問題をめぐって、相手方ないし岡田との関係が悪化し、第三者による仲裁を試みたものの、不調に終わった。
本件会社は、相手方との間で、平成六年、本件工事の瑕疵、右経営委託契約の更新等の問題について折衝を始めた。そして、右契約の更新の問題について協議を先行させることとなり、同年一一月、右経営委託契約を同年一二月三一日をもって終了させる旨の合意が成立した。
(八) 相手方は、本件会社に対し、平成七年四月三日付け内容証明郵便で本件会社の過去五年間の決算書類の送付を求め、同月一七日には、送付された決算書類について内容証明郵便で釈明を求めた。そして、本件会社が釈明を拒むと、相手方は、本件会社に対し、同月二六日付け内容証明郵便で同社の帳簿の閲覧及び謄写を請求した。
他方、本件会社は、相手方に対し、同年五月一五日、同月二五日までに本件工事の瑕疵の問題について誠意ある回答がない場合には、中央建設工事紛争審査会に調停の申立てをする意向である旨通告した。
(九) 相手方は、申立人中村勤を相手方とする証拠保全を申し立て、平成七年六月二一日、本件会社本店において、同社の取締役会議事録等の検証が実施された。
(一〇) 本件会社は、相手方に対し、平成七年八月一日、本件ゴルフ場の建設工事に係る瑕疵の補修に代わる損害賠償請求として、八九九五万円の支払を求める調停を中央建設工事紛争審査会に申し立てた。
(一一) 相手方は、本件会社の取締役である申立人らを被告として、平成七年九月八日、本案訴訟を提起した。
3 本案訴訟における悪意の有無
(一)(1) 相手方は、本案訴訟において、申立人らの忠実義務違反を基礎付ける事実として、①本件会社の中村企画に対する貸付金について、申立人中村勤が右両社の代表取締役であるにもかかわらず、取締役会の承認がなく、また、高額の貸付けであるにもかかわらず担保を徴しておらず、回収不能である、②本件会社の中村企画に対する土地売却について、代金額が廉価である旨主張する。
(2) そこで、右①について検討する。
一件記録によると、申立人らは、本件会社及び中村企画の取締役であること、本件会社は、中村企画に対し、平成七年九月三〇日現在、三一億円余の貸金債権を有していること、右貸付けについては、本件会社のための担保の設定がないこと、中村企画は、第一四期営業年度(平成六年四月一日から平成七年三月三一日まで)において、経常損失一億七四一〇万円余、当期損失一億七六七七万円余、当期未処理損失九億五五二四万円余を計上したことが認められるものの、他方、本件会社は、昭和六三年九月一九日、取締役会において、中村企画に対する貸付けについて、四〇億円を限度として承認する旨の決議をしたこと、中村企画は、広島市可部町所在の土地約二五万坪(なお、抵当権その他の担保権は、設定されていない。)を所有し、右土地において製砂事業、工業及び物流系団地の開発事業等を実施の上、本件会社に対する右貸付金の返済を計画していることを一応認めることができること等本件疎明資料を総合して検討する限りにおいては、右①の主張は、いまだ認めるに至る見込みが小さいというべきである。
(3) 次に、右②について検討する。
一件記録によると、本件会社は、徳島県名西郡神山町所在の山林約二一〇〇平方メートル、雑種地約四〇万平方メートル及び宅地約一六〇〇平方メートル(なお、右土地は、同社の昭和六三年九月三〇日現在の貸借対照表の固定資産の部に、金額四億二九三六万八二八九円と記載されている。以下「本件土地」という。)を所有していたこと、本件会社は、平成元年一月二九日、取締役会において、中村企画に対して本件土地を代金四億八〇〇〇万円(右貸借対照表上の金額に、本件土地を取得する際の借入金に対する利息を加算した金額)で譲渡することを承認する旨の決議をしたこと、本件会社は、中村企画に対し、同年二月一日、本件土地を代金四億八〇〇〇万円で売ったこと、その際、本件会社は、中村企画との間で、「本件土地は、本件会社名義で取得したものであるが、買収資金は、中村企画が融資を受けて調達したものであること」及び「代金額の決定に当たっては、本件会社が本件土地を取得するに至った経緯、本件土地の時価などを考慮したこと」を確認することなどを内容とする覚書を交わしたことが一応認められ、右の事実と本件疎明資料を検討する限りにおいては、右②の主張は、いまだ認めるに至る見込みが小さいというべきである。
(二) 2において認定した事実関係に、(一)において検討した結果を総合すると、本案訴訟は、相手方が本件会社により本件工事の瑕疵について責任を追及され、また、本件レストランの経営委託契約の更新を拒絶されたことなどを契機として、専ら申立人らを困惑させる目的で提起されたものと推認することができる。したがって、本案訴訟の提起は、商法二六七条六項において準用する同法一〇六条二項にいう「悪意に出たるもの」に該当するというべきである。
4 担保の額
申立人らにつき予想される損害、「悪意」の態様、程度その他本案訴訟に関する諸般の事情を考慮すると、本件において提供を命ずべき担保の額は、申立人宇田耕治につき五〇〇万円、その余の申立人らにつき各一〇〇〇万円と定めるのが相当である。
五 結論
よって、本件申立ては理由があるから認容することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官松山恒昭 裁判官金子武志 裁判官小林邦夫)